00年に古馬中長距離路線を完全制覇したテイエムオペラオー (写真:下野雄規)
2000年の古馬中長距離路線において、GI5勝を含む8戦8勝という空前絶後の大記録を打ち立てたテイエムオペラオー。なかでも年内全勝がかかった有馬記念は、もっとも苦戦した一戦といえる。世紀末覇王が暮れのグランプリで魅せた大逆転劇を『テイエムオペラオー伝説』(星海社)で振り返る――。
ミレニアムを彩った新語・流行語大賞で慎吾ママの「おっはー」と「IT革命」が年間大賞に選出された。IT革命という言葉は6月に内閣府の経済審議会がとりまとめのなかではじめて用いた。携帯電話やインターネット回線が庶民生活に急速に普及、これにより情報社会が到来、新たな技術革新により社会生活は大きく変化すると考えられた。これがのちに世界における第4次産業革命につながるわけだが、あれから20年以上が経ち、いまだデジタル改革という言葉に変わっただけの我が国の現状はやや虚しく映る。
それはさておき、この年の日本競馬界の話題のど真ん中は間違いなくテイエムオペラオー。そして年の瀬が押し迫るほどに、年内全勝、秋の古馬中距離三冠達成への期待が熱を帯びていた。ジャパンC創設以後、古馬中距離が現在の体系になってからというもの、これを成し遂げた馬はこの時点ではいなかった。スペシャルウィークでさえ、たった4センチの差ではじき返された高き壁をテイエムオペラオーは乗り越えられるのか。競馬ファンの話題はこの一点に集中した。裏を返せば、それを阻止できるのはどの馬か。馬券を買う以上はそれを探し出すことにもファンは躍起だった。いつの時代も多数派の裏を行きたがる人間は必ずいる。
秋4戦目、レース中に外傷を負うほどの激闘だったジャパンCから中3週、さすがに疲れが出る頃ではないか。ファンは連日スポーツ紙で報じられる岩元市三調教師の泣きのコメントを目にし、テイエムオペラオーの状態面に気を揉んだ。では負かすとすればどの馬か。秋二冠いずれも2着のメイショウドトウは距離が延びたジャパンCで着差を詰めており、オールカマー勝ちと中山実績は十二分にある。2500mならば逆転はあるか。それともずっとライバルだった同世代のナリタトップロードが、春のグランプリで大きく開いた差をまとめて埋めてみせるか。単勝オッズひと桁台はここまで。今年何度目かの三強の図式であった。
クリスマスイブの中山競馬場は冬特有の澄み切った青空、最高気温は15度近くまであがり、季節外れの暖かさが偉業達成への熱をさらに高めた。有馬記念お馴染みの外回り第3コーナー付近のゲートに大観衆の視線が集まる。快挙か、逆転か。だれも結末は知らない。
レースは初っ端から波乱模様ではじまった。唯一の逃げ候補とみんなが考えていたホットシークレットが出遅れたのだ。いるはずの先導役がいない状態、押し出されるようにジョービッグバンがハナに立たされ、ゴーイングスズカがついていく。テイエムオペラオーはこれまでと変わらずスタートセンスよく、1周目3、4コーナーで好位を確保。万全の位置取りに収まったかに思えたそのときだった。第4コーナー出口で外のメイショウドトウらに前に入られ、和田竜二騎手は手綱を引き、立ち上がる。そう簡単に年内全勝されるわけにはいかない。ライバルたちの意地である。「意地になったら落ちていた」と語るほどの大きな不利により、好位にいたテイエムオペラオーはたちまち位置を下げ、正面スタンド前を通過、第1コーナーに進入する頃には、後方3番手まで順位を落とす。この1年、目にしたことがない位置取りを進むテイエムオペラオーに中山競馬場のスタンドがどよめいた。
ホットシークレットがハナに立てないとなると、当然ながらペースは上がらない。中山内回りで超スローペース。大集団のいちばん後ろのインに入ったテイエムオペラオーはもはや身動きできない。さらに追い打ちをかけるように武豊騎手とアドマイヤボスがこの機を逃すまいと、テイエムオペラオーの外に張りつき、進路を消しにかかる。目の前ではダイワテキサスとメイショウドトウが第3コーナー手前から馬群の外目を理想的に進出していく。行き場を失ったテイエムオペラオーはライバルについていけず、第4コーナーを11番手、絶望的な順位で回る。だれもが敗戦の二文字を思い浮かべた。
中山の直線はたった310m。前はびっしりと馬の壁。超スローペースのため、ライバルたちはみんな手応え十分でスペースなどなかった。「最後まで動けずじまいでした。直線だけ爆発させようと思っていましたけど、僕自身は本当にもう危ないかなとヒヤヒヤしていました」。さすがの和田騎手も腹をくくるしかなかった。
しかし、テイエムオペラオーはメイショウドトウの内側、わずかな隙間に頭をこじ入れ、ないはずの進路を自ら作り出していった。映像ではその様子ははっきりと映っていない。実況アナウンサーも追いきれないほど瞬く間に抜け出していく。「馬の力が桁違いでした」と和田騎手が語るように、テイエムオペラオーは王者の底力で馬群を突き破り、最大出力で一気にメイショウドトウを捕まえてみせた。それはこの1年間で見せた併せ馬に強いしぶとさとはまた異なる、最上級の瞬発力だった。恐ろしいまでの末脚はまさに覇王の威厳そのものである。1年前、勝てるレースを落としていた勝ち味に遅いテイエムオペラオーはもはやどこにもいない。デビュー5年目の若き和田騎手とともに戦い抜き、経験を積み重ねるうちに、テイエムオペラオーは自らを大きく変えた。どんな展開になっても勝てる。それを有馬記念で示し、世紀末の日本競馬界を完全統一してみせた。
年内全勝はすなわちJRA重賞最多連勝記録の更新、同一年秋の古馬中距離GI三冠、古馬中長距離GI5連勝の完全制覇。年間GI5勝はシンボリルドルフ、ナリタブライアンの4勝を塗りかえる最多勝。そして通算獲得賞金はとうとう13億円を超えた。ありとあらゆる記録を打ち立て、この年、年度代表馬に選出。テイエムオペラオーは20世紀最後の年を象徴する競走馬としてその名を歴史に刻んだ。
(文=勝木淳)
今回は星海社のご厚意により、本書を5名の方にプレゼントいたします。
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