「世界のYAHAGI」こと矢作芳人調教師=栗東=が今週の
ジャパンC・G1(11月30日、東京競馬場・芝2400メートル)に
シンエンペラー(牡4歳、父
シユーニ)を送り出す。この決戦を前に、日本競馬に新たな一ページを刻んだ
フォーエバーヤング(牡4歳、父
リアルスティール)のBCクラシックを徹底回顧。11月1日に米国
デルマー競馬場で行われたレース前後の心境や、
シンエンペラーのオーナーでもある藤田晋氏への思いを明かした。(取材・構成 山本 武志)
全く色あせない感動は今も胸の中で輝いている。
フォーエバーヤングは早々と直線手前で動くと、内にいた
フィアースネスをねじ伏せ、外から詰め寄る
シエラレオーネの末脚にもひるまない。堂々と先頭でゴール板を駆け抜けた。
「直線は長かった。300メートルしかないのになぁ。
シエラレオーネも見えていた。(鞍上の坂井)瑠星もサウジCの時に言ってたけど、『
ロマンチックウォリアーを負かして勝てれば最高だな』というのが、その通りになって、今回も『あの2頭、特に(2戦2敗だった)
シエラレオーネを負かして勝てれば最高だな』というのが、その通りになった。本当に言うことなかったですね」
3歳春から何度も海を渡り、世界の強豪と渡り合ってきた。様々な経験が見つめ続けてきた大舞台で最高の状態を生んだ。
「絶好調というか、本当に状態のよかった日本から、また想像以上に上がった。なかなか、海外に行って、あんなに上がらないよ。3歳春にサウジ、ドバイから日本に帰らずにケンタッキーダービー(注1)へ行った時はキツかった。あの大変さを経験しているから、当時に比べるとずいぶん楽ではあるけどね」
枠順は厳しい競馬を強いられた昨年の最内枠から一転、レースを運びやすい5番枠に入った。
「枠順が瑠星は一番緊張したと言っていたね。まだ1番枠が残っていたんで。1だけは引くな、と(笑)。ペースメーカーが4番枠を引いて、5と6が余っていたので、5か6なら最高という感じでした」
着々と埋まっていく大仕事へのピース。その中で思わぬ感情も生まれていた。
「
シンエンペラーが愛チャンピオンSに向かう過程も、ものすごくよかった。それがレースであんな感じ。そういう不測のアク
シデント的なこと(注2)が怖かった。今回はあまりに順調にいきすぎたので、頼むから順調にという感じ。それだけがプレッシャーでした」
そして、レース当日。パドックで師弟の間に多くの会話はいらなかった。
「瑠星が向こうから『自信を持って、乗ってきます』と言って、『おう、馬を信じて乗ってこい』と。それだけでした。とにかく追い切りを100点満点と言ったんだよね。アイツが100点満点なんて言うことない。だから、本当にいいんだろうなと思っていました」
ゲートは開いた。序盤でスッと好位につけると、4角手前で手綱を押した。早々と先頭に立った。
「(瑠星は)俺より信じてたよね。俺は早いなとドキドキだったけど、悪くない運びだなとは思っていました。(早め先頭で)『もう少し頑張れよ、ペースメーカー』と思っていたけど、3〜4コーナーの
スピードの乗りは追い切り通り。これで差されれば仕方ない、という感じでしたね」
ゴールの瞬間。真っ先に強く抱き合ったのが藤田晋オーナーだ。様々な分野で経験豊富なオーナーが興奮を抑え切れない。満面の笑みで、歓喜の輪の中に身を委ねた。
「普通に考えて、藤田さんがああいう顔をすることはあり得ない。その顔を見れただけで幸せだったし、調教師冥利に尽きるよね。あと、こういう顔にさせる競馬ってすごいんだなと、改めてね。以前から(海外遠征で)負けて帰る時の落ち込みがすごいと言っていたから、本当によかったと思います」
大きな仕事を成し遂げたが、来年も現役は続く。当面の
ターゲットは連覇を目指すサウジC(2月14日、キングアブドゥルアジーズ競馬場・ダート1800メートル)から今年3着だったドバイ・ワールドC(3月28日、メイダン競馬場・ダート2000メートル)だ。
「オーナーの気持ちがある以上、目標はいくらでもできるけど、今は春2戦しか考えていない。この2戦をダブルで勝った馬はいないので、サウジC2連覇でドバイワールドC制覇。この2つに照準を絞っていきたい」
砂の世界一決定戦を制し、獲得賞金は日本馬の歴代最多を塗り替えた。しかし、歩みは止まらない。これからは、その走りが新たな歴史になる。
注1 3歳春に海外初遠征だったサウジダービー、UAEダービーを連勝した後、中東から米国へ直接飛んだ。米国では40時間を超える検疫期間があり、その後に約7時間の陸送で
チャーチルダウンズ競馬場に入った。
注2 愛チャンピオンS6着後の検査でぜん息と中程度の肺出血が判明。出走予定だった凱旋門賞を回避した。