1993年の天皇賞・秋をハナ差で制したのはヤマニンゼファーだった(撮影:下野雄規)
GI馬が多数、出走を予定している今年の天皇賞・秋。今年のような豪華メンバーによる名勝負は、平成に入ってから幾度となく繰り広げられている。今週はそんな「平成天皇賞・秋 名勝負列伝」をお届けする。初日は1993年、ヤマニンゼファーを振り返る。
■距離不安を一掃し、ヤマニンゼファーが混戦を断つ
天皇賞・秋の4日前、衝撃のニュースが競馬界を駆け巡る。大本命と目されていたメジロマックイーンが、左前脚の繋靱帯炎の発症で引退を発表したのである。また、毎日王冠勝ちのシンコウラブリイは、外国産馬のため天皇賞・秋への出走権がなかった。にわかに、天皇賞・秋は混戦模様を呈することとなる。
1番人気に天皇賞春秋連覇を狙うライスシャワー、2番人気は悲願のGI制覇を目指すナイスネイチャ、3番人気は前哨戦のオールカマーを逃げ切ったツインターボ、そしてヤマニンゼファーが5番人気に支持された。
ヤマニンゼファーは、前年(1992年)の安田記念で初GI制覇後、秋はマイルCS5着から、当時12月に行われていたスプリンターズSを2着、翌年の安田記念では連覇を果たしていた。そして秋は二階級制覇を目標に、始動戦として芝1800mの毎日王冠へ出走したものの、6着に敗れた。この前に使われた芝1800m(中山記念)も4着だった。1800mで勝ったことがないヤマニンゼファーに、さらに1F延長のうえ初めてとなる2000mは長いのではないか、というのが大方の予想だった。
レースはツインターボが大逃げを打ち、ヤマニンゼファーは2〜3番手の内、その後ろの4番手にライスシャワーがつける。向正面ではツインターボが4馬身以上の差を広げ1000m通過58.6秒で進んだが、3コーナー過ぎからヤマニンゼファーが馬なりで進出を開始、ライスシャワーもその外を追走。そして、直線を向くとツインターボを捕らえたヤマニンゼファーが先頭に躍り出る。いつもの伸びが見られないライスシャワーを突き放し、単独先頭に立ったヤマニンゼファーだったが、残り200mで外からセキテイリュウオーが鋭い末脚で並びかけてくる。馬体を併せた叩き合いが続き、2頭が並んでゴール板を駆け抜けた。軍配はハナ差でヤマニンゼファーに上がった。
息詰まる接戦に、レース後の柴田善臣騎手も「勝ったと思っていたが、(セキテイリュウオーに騎乗していた田中勝春騎手に)聞いたらわからないというので、自信がなくなった」と語るほどだった。ただ、田中勝騎手の本音は違い、ゴールの瞬間に「負けた」とわかっていたようだ。前年の安田記念でコンビを組み、田中勝騎手へ初のGI勝利をもたらしてくれたヤマニンゼファーのしぶとさをよくわかっていたのかもしれない。田中勝騎手はヤマニンゼファーの引退に際し「競馬にいくと隣の馬に抜かせない勝負根性がありました」とコメントを寄せている。
距離を克服し、並みいる強豪を抑えて秋の盾を手にしたのはヤマニンゼファーだった。