グラスワンダーが復帰3戦目で復活のゴールへ(撮影:下野雄規)
この年の毎日王冠は伝説の一戦だった。グラスワンダー、エルコンドルパサーという無敗の4歳馬(当時の馬齢表記)を従えて、サイレンススズカが圧巻の逃げ切り勝ち。しかし、そのサイレンススズカは天皇賞・秋で骨折し、予後不良となってしまう。俗に言う「沈黙の日曜日」だ。
有馬記念でファンがセイウンスカイを一番人気に推したのは、サイレンススズカの姿を重ね合わせたからかもしれない。セイウンスカイは秋緒戦の京都大賞典で古馬を撃破し、続く菊花賞では3.03.2という、従来の記録を1秒2縮める驚異的なレコードタイムで逃げ切り勝ちを収めていた。
ここが引退レースとなるエアグルーヴが2番人気、その年の天皇賞・春を制したメジロブライトが3番人気で続く。
毎日王冠で2着に敗れたエルコンドルパサーは、ジャパンカップで世界の強豪を撃破。しかし、グラスワンダーは苦しんでいた。骨折からの復帰戦である毎日王冠で5着に敗れた後、確勝を期して臨んだアルゼンチン共和国杯でも掲示板を外す6着に終わり、早熟説も囁かれ始める。ともに毎日王冠までの主戦であり、グラスワンダーを選択した的場均も忸怩たる思いを抱えていたに違いない。有馬記念で復活を期すグラスワンダーは、デビュー以来最低となる4番人気まで評価を落としていた。
レースは大方の予想通り、セイウンスカイの逃げで幕を開ける。道中では6馬身ほどのリードを奪い、軽快なペースで飛ばしていく。3〜4コーナーでは、中団に控えていたグラスワンダー、エアグルーヴが外目を進出。直線に向いた時点でのセイウンスカイのリードは1馬身ほど。荒れた内目を空けて回ってきた影響もあるのか、ここからのもうひと伸びを欠くセイウンスカイを尻目に、外からグラスワンダーが先頭に立つ。その脚は急坂でも衰えず、外から急追したメジロブライトを半馬身差退けて復活のゴールへと飛び込んだ。馬場の真ん中を伸びたステイゴールドが3着に上がり、セイウンスカイは4着。
後から戦歴を振り返って分かることだが、復帰後2戦のグラスワンダーの敗因は左回りにあったという面もあるだろう。右回り、急坂コースで無類の強さを発揮する個性的名馬誕生の瞬間は、同時に的場の選択が間違いではなかったことを証明した瞬間でもあった。