3歳牝馬スターロツチが頂点に=1960年12月18日・中山競馬場 (c)JRA
目下2年連続で牝馬が頂点に立っている暮れの
グランプリ。当連載では過去に有馬を制した牝馬にスポットを当てた。初回は59年
ガーネツトと60年
スターロツチ。中央競馬の黎明期を彩った2頭を振り返る。
◇ ◇
大胆騎乗が功を奏した。1959年、史上初めて牝馬で有馬記念を制した
ガーネツト。9番人気の低評価を覆し、頂点をつかんだ。
レース当日はあいにくの不良馬場。道悪が苦手の
ガーネツトにとっては厳しい条件だった。そこで鞍上・伊藤竹男は3角から4角にかけてじんわりと進路を外へ取り、直線に入ってからは1頭だけ外ラチ沿いを通る奇襲に出た。結果、馬場の真ん中から伸びてきた
ハタノボルをあっさりかわし、最後は4馬身差をつけて圧勝した。
ぜひ、ネットで当時の映像を見ていただきたい。直線に入って画面から消えたと思ったら、ゴール前で突如として再登場。そんな珍しいシーンが残っている。
翌60年の暮れは同年の皐月賞とダービーを制したコダマと菊花賞を勝った
キタノオーザに秋の天皇賞覇者オーテモン。前年の皐月賞馬ウイルデイールとダービー馬コマツヒカリもおり、八大競走優勝馬が集結。そんな豪華メンバーで行われた年末の
グランプリを制したのは、これまた9番人気の牝馬
スターロツチだった。
レースは
スターロツチと
ヘリオスが主導権を握る形。有力馬がけん制し合ったことが功を奏し、
スターロツチは自分のリズムを刻むことができた。直線で1番人気オーテモンが追い上げてきたものの、時既に遅し。1馬身3/4差をつけてゴールを駆け抜けた。
長い有馬記念の歴史の中で、3歳牝馬(当時の表記は4歳)による優勝はいまだ
スターロツチのみ。偉大な記録として後世に語り継がれている。