待望の勝利だった。9月6日の阪神1Rを勝った
エブリデイ(牡2歳、栗東・北出)。「おじいちゃんの馬で勝つことが、夢のひとつだったので」。口取りで涙をぬぐった高杉吏麒騎手(20)、栗東・藤岡=は、祖父・田代輝秋さんと抱き合って喜びを分かち合った。
かつて、伊藤雄二厩舎の厩務員としてハードバージを77年皐月賞馬に導いた田代さん。定年退職後は、いわゆるヘルパーと呼ばれる補充員として厩舎に従事している。若い助手たちと一緒に馬にまたがる姿は71歳とは思えない。「親父が厩務員だったので阪神競馬場で育った。代々馬の家系。男兄弟5人はみんなトレセン。ハードバージの時は厩務員だったけど“馬に乗りたい”って思ってね。そのあと助手として攻め専を25年、馬持ちを25年。伊藤雄二先生からいろいろと教えてもらったことが基本」。うま年生まれの職人は馬ひと筋でその道を歩んできた。
孫の才能を早くから見抜いていた。「(高杉)吏麒は幼稚園の時から線が細かった。馬の仕事が合っているだろうし、楽しいかなと思って」。幼少期から
バランス感覚を養わせ、「早くから
バランスボールに乗せて、小学校の時にはその上でステッキを持たせた」と懐かしそうに振り返る。
木馬を使って、騎手のアクションを体に染みこませた。「ステッキはなるべく逆鞭(さかむち)で。その方が追いやすい。リズムが取りやすいし、それを小学生から教えてね。競馬を見てくれたら分かるけど、吏麒はステッキの持ち替えが早い。教えたらすぐにマスターして、センスがいいなと思った」。多くの名手を見てきた大ベテランだから分かる。騎手に求められる
バランス感覚とセンスに光るものを感じた。
英才教育ですね-。こう聞くと、首を横に振った。「そこまででもない。必要なこと、考え方など基本的なことを伝えたぐらい。性格もジョッキー向きで根性の塊。“馬乗りをやめたい”と聞いたこともない。あとは本人の努力。自分で考えながらやっていくしかない」とうなずく。
田代さんと高杉のコンビが初めて実現したのは、昨年11月2日の福島2R(
ラピッドグロウス)。高杉にとってデビュー7カ月目だった。「おじいちゃんが担当する馬に乗りたかったので、すごくうれししかったです」と高杉。半馬身差の2着に敗れ、田代さんは「1枠1番で前が邪魔になって…。勝てたらいいかなと思ったけど、なかなかうまくはいかないね」と振り返る。三度目の正直となった
エブリデイのVに、「吏麒は泣いてたな。おれはウルッとくる手前。うまいこと乗ってくれた」と孫の祖父孝行を喜ぶ。
高杉にとって、田代さんはどんな存在なのか。「お父さんみたいな感じです。騎手になったのも、おじいちゃんの影響。一緒に勝ったので、あとはケガのないようにしてほしいです」と気遣う。高杉は9月27日に阪神でJRA通算100勝を達成。田代さんは「乗り役になってから、俺は何も言わない。“ケガせんように、頑張りや”って。それだけ。おれの元気なうちに乗って勝ってほしいな、と思っていたから、もう満足。吏麒は地方競馬もあって忙しいから。正月には一緒にお祝いできるかな」と感慨深そうに優しい表情を見せた。
大舞台でも2人の笑顔が見たい。孫と祖父のドラマはこの先も続く-。(デイリースポーツ・井上達也)