◇鈴木康弘氏「達眼」馬体診断
桜花賞馬の眠れる闘志がよみがえった。鈴木康弘元調教師(81)がG1有力候補の馬体を診断する「達眼」。第50回エリザベス女王杯(16日、京都)では
ステレンボッシュを
レガレイラとともに1位指名した。なかでも達眼が捉えたのは美浦から栗東トレセンに移動して調整を続ける
ステレンボッシュの変身ぶり。活力あふれる立ち姿に復活の兆しを見た。
人は環境によって変わるといいます。球界屈指の名将で知られた野村克也氏もその著書「理は変革の中に在り」で次のように述べています。「人は環境によって人生を左右される生き物」。これらの名言は人だけではなく馬にもそっくり当てはまる。今秋、美浦から栗東トレセンに移動して調教を重ねる
ステレンボッシュ。その立ち姿は「馬も環境によって変わる生き物だよ」と訴えているようです。
美浦で調教を続けた今春とは別の馬かと思わせるほど活気がある。強い意思を示すようにハミをしっかりと取りながら、前肢に体重をかけて前へ乗り出している。顔つきも一変しています。瞳にも耳の立て方にも大舞台でしのぎを削る競走馬らしい険しさが表れている。
「顔つきがおっとりしている。立ち姿もおとなし過ぎる。レース当日にはもっと前向きな姿を見せてほしい」。今春のヴィクトリアマイルの馬体診断ではこんな注文をつけました。結局、レース当日も前向きな姿を見せないまま8着に終わった。余力たっぷりに4角を回りながら直線で脚を使えない。いや、使おうとさえしない。前走の札幌記念もそうですが、気力がなえたような負け方でした。ところが、今回は「やる気だね」と声をかけたくなるような立ち姿です。
病は気から、美肌も気からといいます。病と同じように肌ツヤも気持ち次第で良くもなれば悪くもなるとの意味。ヴィクトリアマイルは毛ヅヤが映える季節にもかかわらず、くすんで見えた。活気がなかったせいでしょう。今回は逆に毛ヅヤを失いやすい季節にもかかわらず、赤褐色に輝いています。心身一如。気力の充実が毛ヅヤの良さにつながっているのです。
加齢とともに全身にサシ毛(白っぽい毛)が増えてきましたが、これは心身のコンディションとは関係ない。全身の筋肉も全く落ちていません。余裕のある腹周りも最終追い切りで調整可能です。あとは当日のパドックでもっとやる気を見せてくれれば満点ですが、現状でも今春とは雲泥の差がある。
野村克也氏は次のようにも述べています。「環境によって人生を左右されるからこそ、自分を成長させてくれそうな場所や自分の可能性を伸ばせそうな場所を選ぶこと」。栗東トレセンの何が
ステレンボッシュに活気をもたらしたのかは定かでありませんが、この馬を復活させてくれそうな場所になったのは確かです。(NHK解説者)
◇鈴木 康弘(すずき・やすひろ)1944年(昭19)4月19日生まれ、東京都出身の81歳。早大卒。69年、父・鈴木勝太郎厩舎で調教助手。70〜72年、英国に厩舎留学。76年に調教師免許取得、東京競馬場で開業。94〜04年、日本調教師会会長。JRA通算795勝。重賞27勝。19年春、厩舎関係者5人目の旭日章を受章。