日々トレセンや競馬場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は東京本社の鈴木悠貴(34)が担当する。取り上げるのは10月1日から運用が開始された美浦トレセンの新競走馬診療所。競走馬を救う最新鋭施設に迫った。
美浦トレセンの新競走馬診療所が10月1日から運用が開始された。従来よりもはるかにスケールが大きく、これまで19だった入院馬房は30にまで増加。また、多くの最新医療機器が導入され、これまで以上に幅広い検査が可能になった。
その代表例が骨シンチ
グラフィー検査だ。放射性医薬品を注射で体内に投与して撮影する検査法。薬剤が骨の炎症部に蓄積することによって、従来のエックス線、
エコー、MRI検査などでは分からない微細な骨折を発見できる。
海外では一般的な検査法だが、国内の馬の医療機関では初の導入。09年に国内の放射線に関する法令が改正され、診療所
リニューアルのこのタイミングで導入を決めた。現在、診療所に放射線医薬品を扱える獣医師は4人ほど。年明けからの実施を目指すという。
CT検査も進化した。社台ホースクリニックに次ぐ2台目の導入となった「ベットトム」はエックス線ビームを発射する装置とエックス線検出器を体の周りで回転させ、体の輪切り像を撮影するマルチ
スライス装置。この機器を用いることで、立ったままなら頭や頸(くび)、全身麻酔をすれば四肢の検査も可能となる。
規模、機器ともに「世界トップクラス」と美浦トレセン競走馬診療所上席臨床獣医師役の小林稔さん。「海外では一国の中に複数(馬の)診療所があるが、日本ではトレーニングセンターのみ。なので、これくらいの大きさが必要だと思います」。最強の診療所はできた。馬を守るために必要な最後のピースは“人材”。「馬の獣医師になろうとする人はそこまで多くないし、大学で馬について学ぶことは少ない。だから、私たちの経験や知識を大学での講義で伝えています」と裾野を広げる重要性を語った。
JRAでの骨折の発生率は各国と比べても低い。「それは何より厩舎関係者の判断が素晴らしいからでしょうね。馬を毎日見ているから小さな変化に気づきやすい。内厩制の良さでしょう」と小林さんはその理由を分析しつつ「あとは医療。世界で戦える馬が増えて、間違いなく日本の競馬レベルは上がっている。医療も世界レベルに上げていかないと」と強い覚悟を語る。育成と医療。両立の先に日本競馬界のさらなる発展が待っている。
◇鈴木 悠貴(すずき・ゆうき)1991年(平3)4月17日生まれ、埼玉県出身の34歳。千葉大法経学部を卒業後、14年にスポニチ入社。23年1月から競馬担当。